退職後、私たちの夢だった世界へヨット航海へ【リタイヤメントビザで暮らす 番外編】

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【リタイヤメントビザで暮らす 番外編】
浅生 重捷さん(67歳)梨里さん(47歳)

2005年アラスカまでの太平洋横断~カナダ・アメリカ西海岸、メキシコ・パナマ運河、アメリカ東海岸へ。2007年アイルランドまでの大西洋横断、オランダ運河、イベリア半島。2008年地中海入り、ギリシャを航海。2009年再び大西洋横断、南太平洋を経てニュージーランドへ。日本を出てから5年目にしてオーストラリアのダーウィンからインドネシア。 日本へ帰国への航海の途中、2011年11月8日にフィリピンセブに到着。 


2005年6月4日に日本・葉山港を出港してから5年。定年後ご夫婦でヨットで世界を廻る旅を続けてらっしゃる浅生ご夫妻。セブヨットクラブに立ち寄られた際に取材させていただきました。

1.世界へヨット航海を決められた理由

私たち夫婦は、若いころからヨットを楽しむ趣味を持っていました。ですので、いつかは世界へヨットで長旅に出たいという夢は、お互い持っていました。私(重捷さん)は、61歳で退職を迎え、長年の夢であった長期航海のチャンスと思案してました。その際、妻が重い足を上げさせてくれた一言”一番若い時間を生きてるのは、今日の今の時間であって、明日になったら今日の自分には帰れない”、そう言われ、日本を発つ決心をしました。  私(梨里さん)もヨットでの長期航海に出ることは、以前からの夢でしたので、夫の決心を固めるためにも、この機会をを逃してはいけないと思い、素晴らしい一言(笑)を夫にかけました。それに、一日一日気力も体力も衰えますからね。そして、ついに2005年6月4日、日本を出航し、最初の目的地はアラスカでした。

 

2.セブについての印象は?

私(重捷さん)は、学生のころフィリピンのミンドロで民族調査のために1ヶ月くらい住んでいた経験ががあります。また、社会人になってからは、セブの南部に電力施設の調査で来たことがあるんですよ。セブは大都市だという印象を持ってます。また、他の東南アジアの国に比べて、フィリピンはイスラム教の国ではないので、結構自由で豚肉なんかすぐに買えて便利ですね。
しかし、ヨットで旅していると、フィリピンのヨットハーバーはまだまだ整備の余地を残してますね。マレーシアなどでは、ヨットハーバーがすばらしく整備されていて、”welcome”ヨットなんです。また、マレーシアはリタイヤメントの人たちを受け入れる体制も整ってますので、リタイメント組もヨット組のいずれにも優しい国の印象があります。フィリピンでヨットを受け入れる施設が整えば、もっといろんな将来があるかもしれませんね。ネグロスにあるボンボノンにある入り江なんて、大変ヨットに向いてる場所なんですよ。

 

3.大切な思い出は自分で作るもの

ヨットの操縦は、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)がすばらしく発達してるので、10分おきくらいに回りの船を気にしつつ、行き先に向けて進んでいくので、舵は握りません(笑)。今までの航海で私たち二人が気に入っている場所は、アラスカです。私たちは山登りも好きなので、ヨットを降りて山登りなんかにも出かけるんです。もちろん、冬服やトレッキング用の靴もこのニライ号に積んでますよ。素晴らしい景色も言い尽くせないほど見てきました。
そんな経験もできて、あの時出発した後悔は、全くないですね。

 

4.これからのご予定は?

セブに1週間滞在し、この後ネグロスのボンボノンに向かいます。そこには日本人のヨット仲間がいるので、彼らと会う予定です。
来年、私たちとニライ号は、日本へ帰る予定でいます。その後のことは、これからまた二人でのんびり考えます。

重捷さんのブログ 「ヨットNIRAIの航海」:http://niraijapan.blog19.fc2.com

セブポット1-2月号2012年 P42掲載

 
ニライ号と一緒に。このヨットが私たちを世界へといざなってくれてます。 旅について語る重捷さん 今まで、想像しきれないほど、たくさんの素晴らしい景色に会ってきたそうです
地球儀マップ(今まで航海してきたところを記録してあります)と一緒に。いくつもいくつも忘れがたい素晴らしい景色に出会ったそうです。 操縦いらず!?GPSとレーダー